夜氏乃家

 きのふ近うある吉野家に行きたるに、なでふこともなう人のおほくあれば、えもゐられず。


よう見るに、垂れ幕の下がりてあり、百五十円引きとなむ書きたる。


あなや、をこかな、しれ者かなと。


わぬしら、よき人は百五十円引きばかりにてひごろ来も来ぬ吉野家になどか来たらむ。


百五十円よや、よや。


親子連れあり。一族郎等ひきつれて吉野家に来たる、いとむくつけし。


あまつさへ、てて様は特盛頼まうわいの、など言ふ様こそ、かたはらいたけれ。


百五十円給ぶに往ねよかし。


さるは、吉野家てふ所、げに殺伐たらむこそつきづきしけれ。


ひの字めく餉台のあなたざまに居たるをのこどもの、いさかひいつ始まらむとも


しらず、かたみに刺すや刺さるるやと案ぜらるるけしきのいとをかしかるべきを、


をんな子らはいぬべし。


かかるうちに、やうやうゐらるるかと思ひしに、傍らなるしづ山がつの、大盛露だくを


とかや言ふを聞くに、さらにこそぶち切れたれ。


いで、露だくなるはこのごろにてはつゆ流行らざるを、げにをこざまなるかな。


したり顔して何のつゆだくをや。


さはまことに露だく食はまほしきものかと問はばや。問ひ詰めばや。半刻ばかりぞ問ひ詰めばや。


むげに露だくと言はまほしきのみにやあらむ。


吉野家知りたるまろに言はすれば、月ごろ吉野家知りたる人の間につとに流行らむは、


なほ葱だくにこそあらめ。


大盛り葱だくかりのこ、これなむ才ある人の頼み方なる。


葱だくてふは、葱の多く入りたるに、肉の少なめなる。これこそ。


また大盛りかりのこは、いふもおろかなり。


さるに、こを頼めば次より雇ひ人に目つけらるるは必定ななれば、危ふき諸刃の剣にて、


つたなき人にはえ薦めぬわざにこそあんなれ。


とまれかうまれ、わぬしらつたなき人は牛鮭定食などやうをば食へかし、とこそ。